2015年3月21日土曜日

続けること


以前中井貴一さんが仰ってました

最近時代劇が多い
特別好きな訳じゃないのに
なぜだろう・と考えた

太秦で撮影していると、例えばキセルの持ち方ひとつ
スタッフが助言してくれる
「武士だからこう持った方がいいですよ」
  武士は下から支えるように手の甲を下に向けて持つわけです
  町人は鉛筆を持つように持ちます
時代劇が廃れるとこういう知識が途切れてしまう
自分は演じることで、こういう文化が途切れないようにしたいのかもしれない

実はこの持ち方は歌舞伎の常識らしくて
時代劇が廃れても消えてゆくものではないのだけど
そういうことは置いておいて・・・
続けていくことの意義を実感してらっしゃったんですね


いろんな本やブログを読んでいてそういう「文化継承」「技術継承」に
心を砕いている人、自分が最後と思っている人
いろいろ共通のものを感じます

宮大工の方の文章が印象的でした(丸写しは問題あるので概要を)
ある建物を復元するのに
建築家は図面を引き、屋根をこの角度で
この高さを維持するには鉄筋で
などと指定してくる
自分たちは飛鳥時代からの建物に触れて
残された木からそれを作った大工の意図や道理をくみ取って作っている
建築の学問も先に建物があってそれを分析することで生まれたものなのに
なぜ、作る段になって、学問のほうに従わなければいけないのか
木で作れば300年以上もつ建物も、鉄を使えば100年しかもたない
今、屋根の曲線が図面と違っても
重い瓦を載せて100年200年1000年経ったら同じ曲線になる
学問が出来て、作る人と分かれたときから、作り手がないがしろにされてきた



大好きな看板屋さん

なんか 文字界の凄い人たちと 次々に お会いさせて頂いております
全て世界に名前が轟いている方々ばかりです
低俗な話ばかりして 下品に笑っている看板屋の2人のオッサンは
すこし戸惑っておりますが
僕達が そうそうたる看板文字書き師の尻っぺたに あきらめずにかじりついて
なんとか真似事ができるまで 2人でやってきた事は
今の日本よりも
世界に飛び出して活躍されてる方や 海外の文字好きの方々 などへの方が
ウケが良いように思います
これが どういう意味を持つことなのかは 僕にはわかりませんが
日本で25年ほど前までは 現場でシャッター書きなどしている時に
人だかりができたり 僕らの作業に見入ってしまって 車の事故が起きたり と
関心を持つ方々も多くいましたが
今は 皆スマホをいじりながら うつむいて通過するだけで 殆ど関心を持ってもらえません
ですから今は 僕達が 『書く』という事を こちら側から提案しなければ
『書く』仕事が発生しない状態になってしまっております
作り手側や設計側に『書く』という発想がない状態です




名古屋のタイガー商会さんの「地球ゴマ」生産終了の記事
とか
京都の有職で造花を作っている方に後継者がいない
とか

造花だったらやりたいと思うと同時に
20~30年遅いわ・・・とも思うもんなぁ



2 件のコメント:

  1. 看板屋 文字書き おっさん で 検索してみたら 出ました。
    私の文字書き動画など、拡散して頂き ありがとうございます。これからも ガンガン載せていきますので、よろしくお願いします。
    ブログをリンクさせて頂いても よろしいでしょうか?

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    1. 上林さま
      こちらこそ、ひっそり勝手にリンクさせていただいて失礼いたしました<(_ _)>
      ご本人登場で恐縮しております。
      実家が小さな印刷屋で、父は生前、立て看板なども手書きしていましたので小林章氏のブログからのリンクで、即「お気に入り」でした。
      本業以外の音頭、飛行、そして鞄を仕立てたり上着や幕を縫ったりと、多才そしてその完成度の高さに毎回感嘆しております。

      このブログはもともと自転車中心プラスαでしたが、このところお年頃で体調不良ゆえ、自転車ネタは少なくなりました。
      こんなブログでよろしければ、リンクさせて下さいませ(^^)
      あ・名古屋でのお仕事の場所は先日通りかかりました(愛知県在住です)。

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